感情の鎖を解き放ち、未来に向かって歩き出そう

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テストで100点が取れたとき、おそらく多くの人は喜ぶでしょう。

試合で相手チームに勝てたとき、チームのメンバーで喜びを分かち合うでしょう。

 

逆に、テストで失敗してまったとき、試合に負けたとき、悔しい気持ちや悲しい気持ちがこみ上げてくるのではないでしょうか。

 

そんなとき、心理学などでは「説明スタイルを悲観主義から楽観主義に変えてみよう」と言われたりします。

しかし、説明スタイルがポジティブになったからといって、次の結果が良くなるとはかぎりません。

結果を出すには、当り前ですが、行動を変えていかなくては意味がありません。

 

 

【感情を演じる(コントロール)することはできないのでは?】

役者が演じているのは役の感情ではありません。

不安な気持ちを演じたり、楽しい気持ちを演じているわけではないのです。

 

では、いったい何を演じているのか?

それは、役の行動です。

 

例えば、泣く演技のとき。

「よっしゃー!今日は一生懸命泣いてやるぞ!悲しい気持ちになるんだ、俺!」

というように演じる人はまずいません。

その役(キャラクター)には、役自身が泣く状況に至るまでの理由があり、プロセスがあります。

 

プロセスとは、行動の積み重ねのことです。

例えば、

アサガオの種を植える

一生懸命育てる。毎朝早起きして成長日記をつける。

アサガオが咲く。

サッカーをしていた子どもたちのボールがアサガオの花壇にぶつかり、花が散る。

花が散った様子を見て、涙を抑えようとしても涙が自然とこぼれてきて止まらない。

 

といった感じです。

一生懸命に育てたというプロセス(ストーリー)が自分の中にあったからこそ、自然に涙が出てくるのです。

これが、アサガオを育てるのは人任せ、日記など書かずに花の様子を見るのは週1回程度、などといった感じであれば、花が散ったときに涙が出ることはないでしょう。

 

つまり、結果や状態をポジティブに捉え直すことはできても、それらを自由自在にコントロールすることはできないのです。

一生懸命にアサガオを育てていないのに、それを喪失して涙が出ることはないし、その事実を基に涙を出そうと感情をコントロールすることはできないのです。

逆に、一生懸命にアサガオを育てた子どもが、それを喪失して涙を流すことは自然なことであり、「いつまでも涙を流す(悲しい状態をコントロールできない)なんて、私は弱い子だ」と思う必要などないのです。

 

悲しかったり、落ち込んだりすることは人間として自然なことです。

「悲しい状態をどうコントロールするか」に思考のエネルギーを注ぐより、悲しい状況は事実として受け止めて「次に同じ悲しいことが起こらないようにどう行動するか」に思考のエネルギーを注ぐ方が大切であると僕は思います。

 

 

【「結果」や「状態」ではなく、行動をコントロールしよう】

試合に負けたしまったとき。

「大丈夫、負け続けるわけではないんだ。次は勝てるようにもっと練習しよう」

だけで終わらずに、しっかりと行動にまで落とし込めるようにする必要があります。

 

ポジティブに自分を励ますこと、ポジティブに捉え直すことはとても重要です。

しかし、そこだけで終わらずに、ネガティブな感情は事実として真摯に受け止め、「次に何を具体的にはするのか」「どういう行動やプロセスを踏めば勝利に近づくのか」まで考えられるようにしましょう。

 

 

【Today’s Book】

鴻上尚史(2011)『演技と演出のレッスン』、白水社