親だけでなく、地域でも子どもたちを支えたい

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僕の趣味の一つは読書です。

本も読みますが、ネットからも論文やニュース記事をシャワーのごとく浴びています。

そして、昨年こんな記事を読みました。

 

 『子どもの将来を決めるたった一つの条件とは?』

という記事です。

 

この記事はダイヤモンド社さんの記事で『世界標準の子育て』という本の宣伝記事みたいなものですが、この記事を読む以前に僕は既にこの本は購入して読んでいました。

 

賛否両論はあると思いますが、読んで損はない本だったと思います。

しかし、この記事で抜粋されている部分は、本を読んでいても少し疑問に思った部分だったので、僕の意見を少し書いておこうかと思いました。

ご参考までに、どうぞ。

 

 

【「根拠のない自信」は「100%親から与えられるもの」に疑問】

本の中では、「根拠のない自信は100%親から与えられるもの」とあります。

親の愛情が子どもの根拠のない自信を育てるということですね。

確かに、親が子どもに与える影響は大きいと思いますし、親の愛情は大切です。同意できます。

 

ただ、「100%」という強いワードを軽々しく使うのは賛成できません。

これは僕の意見ですが、教育は幼児教育も含め「家庭、地域、学校(あるいは学校に代わるもの)」の3つの相互協力が不可欠です。

 

昔は3世代家族で母親、父親、祖父母で子どもを支える(家庭をつくる)形でした。

母親は専業主婦やパート、内職などが多く、子育てに時間を割けられる割合も多かったと思います。

さらには、地域の子ども会やご近所付き合いなどで、子どもは家庭だけでなくご近所でも支えられていました。

 

しかし、現代は大きく変わりました。

家族は核家族化し、地域の子ども会やご近所付き合いなども希薄化しました。

さらには女性も大学や専門学校に行くようになり、女性の社会進出が以前よりも進みました。

これらにより、今まで子育てで多くの時間を割いてくれていた母親や祖父母が子どもに時間を割きづらくなりました。

 

これからはもっと女性の力が社会に必要な時代になるでしょうし、世界的にもそれを目指している流れです。

そんな中で、「100%親から与えられるもの」というのは世の親御さんたちは困ってしまいます。

今までは、たまたま子どもと一緒にいる時間が一番長かったのが母親であっただけなのに、「100%親から与えられます、親の責任です」となるのは親にとってはつらいと思います。

 

これからは「親が子どもと一番長い時間一緒にいる」といった子育てのモデルは徐々に崩れてくると僕は思います。

そういったときに、やはり地域の優しいおじさん、ボランティアのお兄さん、幼稚園や学校の先生がバランスよく子どもの自己肯定感を育む、自尊心を育むことが大切だと思うのです。

 

「家庭:地域:学校 = 4:3:3」

(子どもの好きな場所だけ「3」ではなく「4」)

といった感じの比率になるのではないでしょうか。

 

実際、部活を一生懸命にやっている中高生なら学校の割合が多いでしょう。

受験生などは地域の塾にいる時間が長い人も多いのではないでしょうか。

僕は中高生時には起こっている「家庭教育から地域教育・学校教育への分散」が0~6歳の子ども、小学生の子どもにも起こるのではないかと思っています。

 

さらに言えば、学校間・地域間での流動性の高まり、つまり「一つのクラスや学校や地域に縛られず、柔軟に移動できる」ようになればいいなと僕は思います。

そのためにはまだまだ、「地域」の割合が少ないのは問題ですが、僕も地域のサッカーコーチとして活動を広げられればと思っています。

 

根拠のない自信は親の愛情というよりは、「信頼度の高い人間からの期待」「許容性の高い環境の温もり」によって育まれていくのではないでしょうか。

僕も含め、お母さんお父さんたちを温かく援助していきましょう。

地域で子どもを育む環境づくりをしていきましょう。

 

 

【「人に迷惑をかけない教育が子どもの自信を奪う」に疑問】

教育系の本を読んでいると、

「本当はね、人に迷惑をかけても良いんだよ。人は迷惑をかけて育っていくんだよ」

的なことを書いている本がありますが、僕は一部賛成できません。

 

そういった教育本は西洋教育至上主義です。

現在も日本は西洋から最新の教育を仕入れるのに余念がありません。

外向性(コミュ力、プレゼン力、ユーモア、など)に重きを置いた教育です。

上記の外向的な能力はもちろん重要です。

良いところは積極的に取り入れるべきです。

しかし、全て猿真似で何でもかんでも受け入れます、というのは良くないでしょう。

 

西洋人を見てみてください。

サッカースタジアムに平気でゴミを残していくサポーターたち。

日本人を見てみてください。

サッカースタジアムに残されたゴミを率先して持ち帰るサポーターたち。

僕はこういった日本人の内向性がもたらす視野の広さと観察眼は日本の文化と教育水準の高さから生まれたものであると思います。

日本人の良いところは、こういった慎ましく凛々しい静的な美であると思うのです。

 

道徳を数値化するのは難しいので、どうしてもPISA(国際学力調査)のようなテストに目がいってしまいますが、西洋人に対して日本人が劣等感などを抱く必要は全くないと思います。

地球人として、上も下もないのです。対等です。

ゴミを拾う日本人を見て西洋人が日本人に学ぶように、日本人も西洋人の良い部分は素直に取り込む。

お互いに無い部分を補い、学び合うのが大切です。

 

 ~次回へ続く~